「天王寺区デザイナー 無報酬募集」にまさかの新展開

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大阪市内の風景

以前あんまりにもひどいってことで紹介した「天王寺区広報デザイナー 無報酬で募集」の件、その後の展開があったもようです。

2月4日の最初の発表から批判があいついだらしく、対象をアマチュアに限定して「ボランティア募集」と表記を変えたのが2月6日。そしてきのう3月1日、募集じたいを中止のうえ、デザインと行政の関わり方を探るワークショップを開催することになったそうです。

当ブログでもこの件の記事を書いたところけっこうなアクセスを頂いたようです。せっかくなのでこのたびも意見を述べさせていただきましょう。

当初、2月4日14時発表の「天王寺区広報デザイナー」について、多くのご意見・ご指摘をいただきました。天王寺区役所として、いただいたご意見等を踏まえ、不快な思いをされた方々へのお詫びとともに、「広報デザイナー」事業の中止と、学生及びアマチュアの方に限定した「デザインパートナー」募集を発表しましたが、その後も、アイデアが無償というのはデザインを馬鹿にしている、デザイン業界に配慮を欠くことには変わりない、などのご意見をいただきました。

一方で、一部のデザイナーの方々から、これをきっかけとして行政の取組みに関わりを持ちたい、意見交換を行いたい、というご提案もいただきました。

これらの状況を踏まえ、「デザインパートナー」事業を中止し、デザイナーの方々との意見交換を契機とした、デザインの力を行政の取組みに取り入れる事業を再構築するため、ゼロからのスタートを切ることといたしました。

天王寺区ウェブサイトより転載(→掲載元ページ)

顧みてくれたことを、素直に評価したい

対象をアマチュアに変更した対応はたしかに早かったけど、それで幕引きにしようっていうお決まりの展開なんかとちょっと残念に思っていたところ。

でもいい意味でびっくりなことに、そうではなくその後もちゃんと検討を続け、こういう展開になったようです。良かったと思います。

おそらく山ほどの批判が届いたことでしょうが、なぜそうなったのか、何がそんなにヒドかったのか、後手ながらも理解しようとしてくれていることを、素直に評価したいです。一度の変更のあとも検討されていたということは、この企画にたいしてはそうとう思い入れがあるのでしょうね。

初めはいろいろと腹のたつ内容だったにしろ、こうした流れを追っかけていて「なにが良くなかったのかを顧みてみよう」という姿勢を行政の人たちもやっぱり持っていてくれてるんだな、ということを改めて知ることになって、これはとても新鮮でした。

でもやっぱり「信用されてない感」は残る

ただ、中止の代りに開催されるワークショップはようわからんなぁ…と正直思いました。

ワークショップにて「天王寺区×デザインの持つ可能性」を探りたいということですが、「デザインの力を行政の取組みに取り入れ」たいのなら、やっぱり仕事としてプロに頼むのが最短距離やん。そこの可能性なんか初めから探る必要ないような気が…って思うのです。

ふつうに仕事を発注してただ力を借りる、という方向の何がそんなにダメなんでしょうか(値段が談合がうんぬんはまた別の話ですからね)。世間の企業では、何もデザインのことを知らない担当者でも、発注を通して「デザインって、デザイナーってこうやって扱ったら武器になるねんな」と理解していくもんなんじゃないのでしょうか?それとも、どうあってもお金を使わない方向へ持っていきたいのでしょうか。

ワークショップを開くことじたいは、試す価値のあることだと思います。でも、なんか話をすり替えてないか?という気がせんでもないのです。あえてめっちゃ斜に構えた言い方をすると、”ワールドカフェ”とか目新しい単語を使って「ほら!勉強しようとしてるんだよ!」って見せたいだけちゃうん?と。

「大阪にはいっぱいプロがいますよ、任せりゃいろいろできますよ」という意見だって来たでしょうに、なぜかそこは頑に信じないらしい。結局、デザインていう仕事じたいを信用してないんだろうな、という感がぬぐえません。

最初の募集のとき天王寺区長のFacebookアカウントへ行って意見を言ったら、即削除かつブロックされたうえまだ解除されてないので、辛めでお送りさせていただきました(笑)。

ワークショップには報道も入るらしいので、またどんな内容だったのか知りたいです。

意見を言うのって大事だよ

なにより、こういう事象に対してきちんと意見を言うことは大切なんやなあと思いました。実際にこうやって状況を動かせるんですからね。

意見を言う人がいなければ、行政がタダでデザイナーを雇うという前例ができてしまうところだったし、みんなが新しい取り組みとして受け入れられるようなことにはならなかったでしょう。

こうやっていろんな人が意見を言っていくなかでお互いのよい形が探られていくのでしょうし、またデザイナーや制作の仕事がもっと認知されていくといいな、と思います。もし行政がその見本になれるのなら、それはすばらしいことだと思うのですが。